ヒーローからヒーラーへ(注:本文中のリンクは著者引退につき現在無効です)

無説得、親切と優しさ

2. 無説得

人類に対する最も深刻な脅威は気象変動で、それは科学者たちの間でほとんど異論なく合意されていることです。90% 以上の気象科学者が、地球温暖化は差し迫った脅威であり、人間の活動が気象変動を起こしていることに合意しています。

驚くべきことは、いかに政治的性向が、この問題に対する信念を形作るかです。米国で、2016 年 10 月に発表されたピュー研究所による世論調査によると、「ほぼ70% の民主党員が気象変動がほとんど人間活動によるものと信じている一方で、4 分の 1 以下の共和党員しか、そうは信じていない。わずか 22% の共和党員が気象科学者が気象変動の原因についての『完全で正確な』情報を提供していると答えた一方で、民主党員におけるこの数字は 54% である。」とのことです。

言い換えると、人々の信念を支配しているのは、サイエンスやエビデンスではなく、もっと他の要素なのです。

人は、教育環境や人生経験を通じて、自分なりのある固まった世界観を作り上げます。自分自身の世界観を支持する情報を求め集め、それにそぐわない伝聞は無視するのは人間の習性です。この傾向は「確証バイアス」と呼ばれ、私たち誰もがしていることです。

私のフェイスブックのフィードや、今住んでいるコミュニティにも強い確証バイアスがあります。私の友人たちの多くは、環境保護主義者や社会運動家です。前回のニュージーランド総選挙では、私の住む小さな町ラグランで、ほかのどんな政党も差し置いて一番得票を獲得したのはニュージーランド緑の党でした。私たちは、同じような考えを持った人々に囲まれた、いわば「信念の泡」の中に住んでいるので、自分の世界に対する見方は日々強化されていきます。フェイスブックで、自分の政治的考えを支持しない投稿は無視しがちですし、支持してくれる投稿は熱心に読みます。

私たちの社会は、合理的な議論や研究データや客観的エビデンスに基づいた政策に、高い価値を置いていることを標榜しています。ですから、私たちは、社会のリーダーとして、科学的研究データを基にして熱弁を振るい、人々を説得して私たちの考えに従わせようとしがちです。

思いやりのある医療を普及させる戦略として、サイエンスやエビデンスは私たちの活動にある程度の信憑性を与える助けにはなりましたが、それで説得されて変わった人はひとりもいませんでした。そして、私が伝道師のような態度を取り始めた途端、信用ならない主義主張の信奉者扱いを受けたのでした。

研究結果やデータを共有することは重要ですが、私たちは、人々を説得しようとするのではなく、人々の好奇心をくすぐるようにすべきです。ほかの人に何かを学ぶことを呼びかける一番いい方法は、安心して間違えられるようにすることです。自分たち自身の間違いを紹介し、自分たちの弱味をさらけ出すことは、ほかの人に、その人たち自身の信念や態度を振り返ってもらうのに、もっとも強力な方法です。私が、ルイヴィルで医療機関の重役たちに感情的な訴えかけをした時には、何人かの参加者が勇気を出して同じ立場の人たちの前で自分たち自身の体験を話し始めてくれたことに驚きと喜びを感じました。私たちは、心を開いてお互いから学び合う場を作り出したのです。

私は、データや、エビデンスや、サイエンスを用いることに反対しているわけではありません。どのような取り組みであっても、そういったものを用いるのは進歩を生みだす上で必要不可欠なことです。サイエンスの正しい使い方は、解答を持つことではなくて、疑義を問うことです。複雑なシステムでは、私たちは、どちらの方向がより見込みがあるかを知るために、たくさんの異なるアプローチや方法論を試す必要があります。好奇心を保ち、心を開いている限り、私たちはうまくやれます。人々は、自分たち自身で物事を発見した時に、最も効率よく学べます。リーダーシップの要件として説得力は過大に評価されています。真摯さや進んで弱味を見せられることのほうが、もっと強力です。