すっかり壊れて、これから癒えるところです
Perfectly Broken and Ready to Heal
TEDx トークの締めくくりで、わたしは、壊れることと、癒えることとの意味を掘り下げました。世界はすっかり壊れて、これから癒えるところです。私たちは、もうこれ以上の、争いや、キャンペーンや、衝突は要りません。そのかわりに、私たちは裂け目を癒やし、力を合わせなければいけません。
私たちがより深い叡智や、より長い目をもって、私たちの社会の仕組みを痛めつけている色々な危機を眺めると、そこには自然の物事の秩序があります。新しいものが育つのを助けるために、すべてのものは死ななければならないのです。これは植物でも動物でも、人間でも、私たちの思想や、私たちの組織でもそうです。
わたしは、今この時を、偉大な解体の時だと考えています。誰を、何を信じたらいいのか、もはや誰も知りません。私たちは、自分たちが選ぶ政治家に対して、まともに取り合わず、信用もしませんし、ドナルド・トランプのような、あからさまに不適切な言動をする人物がアメリカ大統領選に勝利するに至っては、私たちは何もかもが滅茶苦茶になっていることを知っています。
今の企業の経済活動を優先する世界は、私たちを急速に破滅へと追いやり、気象を狂わせ人類の生存をも脅かしています。医療は危機に瀕しています。教育システムは、若者に未来を生きる力を与えるのに失敗しています。経済は、裕福なエリートの利益のためだけに奉仕し、大部分の人をより貧しくしています。不平等が拡大し、社会の結束は空中分解しています。
これらがすべて進行する中で、私たちは、個人の自立、市場競争、消費者主義やGDP の拡大が、私たちを救うかのように自分たちを偽っています。メインストリームのメディアの大部分が、露悪趣味、扇情主義、有名人礼賛に陥り、犯罪や暴力や衝突の話ばかり絶え間無く垂れ流しています。
すべてのものが崩壊する中、私たちは旧来システムと戦う必要はもうありません。そういったものは勝手に死に絶えるからです。私たちの今の枠組みを修正して、世界の病気を治すことは、もう一切やりません。その代わり、新しいもののために道を開けるのです。ブウルツォルグのような自然発生的な変化の事例は世界のあちこちで繰り返され、そういった変化はとても急速に起こりうるのです。
私たちの今するべきこと、正気でいることです。私たちの今するべきことは、余計なことをせず、常に現場に立ち、思いやりを求める呼びかけに耳を傾けることです。
あちこちでみんなが傷ついています。社会のあらゆる方向から、苦痛を訴える声が聞こえてきます。医療の世界では、破滅的な割合で、医療従事者が過度なストレスや燃え尽き症候群に陥っています。アメリカでは、400 人もの医師が毎年自殺し、そのうちの大半は若い医師です。これは毎年の医学校すべての卒業数よりも多くの命が無為に失われているのです。
患者も傷ついています。医療事故はアメリカの 3 番目に多い死因になっています。技術的には素晴らしい治療が行われたとしても、人間的気遣いや思いやりの欠如や、法外な治療費が、来る日も来る日も人々を苦しめています。
医療機関のリーダーや重役たちも、無事ではすみません。どれだけ権力、資産や特権を持っていようとも、リーダーや重役たち自身も厳しいストレスに苦しんでいるのです。私が満場の利用期間の重役たちに匿名のアンケートを取ったときに、過去30 日間のうち、ストレスや気分障害のために体調が優れなかった日数を答えてもらいました。
ある重役は 30 日中 30 日、体調が優れなかったことを認めました。
べつのひとりは 30 日中 26 日、
30 日中 20 日と答えたのがひとり、
30 日中 15 日と答えたのがふたり、
30 日中 10 日と答えたのが 3 人、
毎日体調がいいと答えた重役は、ほとんどだれもいませんでした。
アンケートに答えた重役は「ちょっときつい」と認めたわけではありません。毎月何日も実際に「体調不良」になるほどのストレスや気分障害を打ち明けたのです。医師としては、ここで挙げた 8 人の重役には、直ちに病欠が必要と診断せざるをえないほどで、しかもそれは、その時集まった重役のうちの 3 分の 1 を占める数でした。
自分の従業員の 3 分の 1 から半分もが精神消耗、疎外感、空虚感の症状をみせている組織の管理者だったらどう感じるか想像できますか。人を治す目的のサービスが、恐ろしい割合で障害や死亡を招いていたら。生き馬の目を抜く競争で財政的プレッシャーが強烈だったら。
企業のリーダーを非難したり攻撃することはより良い世界を築くことにつながりません。その代わりに、瀕死の組織には緩和医療を施し、痛みを伴う変革を経験するすべての人たちの面倒を見ることが、思いやりです。
医療の現場においては、緩和医療の医師は、次回の化学治療や放射線治療については語らず、このような質問をします。「あなたの人生で本当に大事なことは何ですか。あなたや家族や友達に残された日々が限られている中で、本当の優先事項は何ですか。あなたにとって最も大事なものは何ですか。」
組織に対する緩和医療でも、質問は同じです。組織の重役たちに瀕死の組織に息を吹き返させようとする不易な努力を諦めさせ、子や孫にどんな世界を残したいですかと尋ねます。この質問は、重役たちに私たちと共により良い世界を築くことに協力するように促すのです。
私たちは、患者が生命の危機にあるときに、変化が始まることがあることを知っています。医師としての私たちの仕事は、信念を持って、直し、助け、治療しようとする無益な努力を続けるのをやめることです。私たちは、苦しみを乗り越え、新しいことを始める人間の癒しの力に深い信頼を抱いています。私たちが忙しく立ち回ることをやめたときに奇跡を目撃することができるのです。
社会運動家としての私たちが今やるべきことは、騒動や、闘争や、キャンペーンをすべて手放し、腰を落ち着け、私たちの思いやりの光を投げかけ、より良い世界が自然に生まれるのを迎え入れることです。
ルイヴィル市の最も有名な住民の一人が、ゲッセマネ修道院から来たトラピスト会の修道士で、作家、詩人、そして社会運動家の、トマス・マートンです。マートンは 70 冊以上のスピリチャリティ、社会正義そして平和主義についての本を書いています。ルイヴィル市のリーダーのひとりから、私たちの思いやりについての活動を表彰して贈呈された、マートンの人生と業績についての本は、私にとっての企業な宝物です。
マートンの言葉は、この本を締めくくるのに、まさしくふさわしいと思いますが、そのことに、わたしは、この本の手書き原稿を書き終わるまで気がつきませんでした。
「理想主義者が、特によく陥りがちな、現代的な形の蔓延したある形の暴力がある。それは直接行動主義と過労だ。
何重もの相反する懸案事項に流されて自らを見失い、あまりにもたくさんの要求事項を受け入れてしまい、あまりにも多くの人たちに関わり、すべての事項について全員を救おうとする結果、誘惑に屈して暴力に訴えてしまう。直接行動主義者の取り乱した行動は、せっかくの自分自身の平和のための活動を無に期してしまう。その活動が実を結ぶために必要な内包された知恵そのものを破壊してしまうからだ。」