ヒーローからヒーラーへ(注:本文中のリンクは著者引退につき現在無効です)

肯定面に焦点を合わせ考える

5. 問題点に焦点を合わせない

医師はやりがちです。政治家もやりがちです。管理職もやりがちです。報道機関もやりがちです。どうして、みんながみんな問題点に焦点を合わせることにすべての時間を使ってしまうのでしょうか。

私は、もうテレビでニュースを見ませんし、新聞のほとんどすべての記事を読むのをやめてしまいました。絶え間ない対立や、暴力や、否定的側面の描写ばかりが私たちの心を占める結果、私たちは世界に対して根本的に間違った像を持ってしまっています。

スティーブン・ピンカーとアンドリュー・マックが Slate.com に書いていたことは、私たちに次のことを思い出させます。「世界は別に崩壊しない。見出しのことは放っておけ。私たちは今ほど平和な時代を過ごしていたことはない。」

ふたりが提示したデータは圧倒的です。例えば、私たちが暴力的な社会を思い描きがちなアメリカでは、過去 20 年のうちに殺人は半減し、女性や子供に対する暴力については半分よりさらに減っています。同時期に、世界中では民主主義が劇的に広がり、大量殺人の頻度は 3 分の 1 になり、虐殺の発生率は 10 分の 1 になっています。同時期に、武力衝突や戦争の数も半分になっています。

人間のあり方の実像は、本質的に助け合い、気遣い、親切で、利他的で、寛大で、協力的なものです。それこそが私たちの生物としての本能です。

疑うなら、大きな自然災害ごとに、その後に起こることを考えて見てください。メディアの通信が途絶え、隣人たちが危機に瀕していることを目の当たりにした時には、人間の本質が輝きだすのです。勇気や自己犠牲を伴う気遣い、思いやり、英雄的行動です。

私たちには、問題点や否定的側面に焦点を合わせる癖がすっかり染み付いています。より良い世界を気付こうとするリーダーとして、私たちはこの傾向に注意しなければなりません。

問題点に焦点を合わせた時には何が起こるでしょうか。私は毎日病院で目撃しています。医師は特に病気を診断することに焦点を合わせ、患者の隠れた危険を発見するよう訓練されています。私たちは、癒しの源泉ではなく、問題点のリストを中心に診療記録を構成しています。

あなたの医師が「さて、この困難に対処するために、あなたが持っているすべての健康上の強みと有利な点を、落ち着いてすべて挙げてしていきましょうか。」という調子で話し始めたら、医師の診察はどれだけ変わるか想像してみてください。

病院は、とても忙しく、ストレスの溜まる場所で、人々を待たさないように、私たちはいつも、患者の診療の効率を上げようと努力しています。最も大きな障害のひとつは、救急外来で、患者さんは何時間も待って診察を受けた後、さらに病棟に入院するまでにも待たされるのです。今多くの国々で、監督官庁が最大待ち時間の目標を定めて、大幅な超過に対してはペナルティを課すようにしています。

ここで、救急外来の 50 人の医師や看護師を一堂に集めて、達成できなかった目標値について議論させたらどうなるか見てみましょう。

医師が言うには「放射線科がもっとましな仕事をしていれば、私の患者の診察が遅れることはなかった。昨日は、私の患者の CT スキャンを撮るまでに 4 時間もかかっていた。全くの時間の無駄です。」

それを聞いて腹を立てた放射線医が言い返して「もし、先生が検査依頼票の各項目をきちんと記入していれば、適切な優先順位の評価ができて、先生の依頼した検査はもっと早くに終わっていました。」

看護師が割って入ります。「それに、搬送係はなにをやっていたんですか。私の患者を放射線科に連れて行ってもらうのに 1 時間も待ちました。予算ばっかり削りつづけて、どうやって目標を達成できるというのですか。」

そんな調子で話が続きます。5 分も経たぬうちに、誰もがお互いを非難しあい、腹を立てて、どうやっても何も解決しないという無力感に陥ります。

医師は捨て台詞を吐いて席を蹴って出て行ってしまいます。「私にはもっと他にやる『仕事』がある。」

これは、私たちが否定的側面に焦点を合わせると大抵起こることです。もっと良いやり方があります。

50 人の救急外来職員を、今度はペアにして会議を再開してみましょう。私たちは、職員たちに 10 分間お互いに次の質問で面談してもらいます。「救急外来で素晴らしいチームワークで患者の流れがとても良かった日の逸話を語ってください。」

面談が終わった時、グループは輪を作って座り、リーダーはみんなに逸話を披露してもらいます。数分のうちに、部屋を満たすエネルギーが全く変わってしまいます。参加者は次々に熱のこもったアイデアや解決例を紹介するようになります。みんな席から身を乗り出します。そして笑います。

ここで、リーダーがいくつか質問をくりだします。

「そのような素晴らしいチームワークが成立したのはどんな条件の時ですか。職場でその条件がもっと成立するようにするにはどうしたらいいですか。ここで紹介されたアイデアを試してみたい人はいますか。」

了承的質問法 (Appreciative Inquiry) は、デイヴィッド・クーパーライダーとダイアナ・ウィットニーによって開発された手法で、グーグル検索すれば、この手法についての無料の教材がたくさん入手できます。

「この手法では、最大限に広げた視界の中で、対象のシステムが、最も生き生きと、最も効率的に、経済的にも環境的にも最も建設的に有能に、躍動している時に、何がそのシステムに「生命」を与えているかを体系的に見つけることを行います。」

私たちの Hearts in Healthcare (医療に心を)運動は、この了承的質問法を取り入れたことで大きく様変わりし、カウンセリング手法としては、もう他の戦略は検討していません。その結果はしばしば魔法のようです。

妻のメレディスと私は、十数人の病棟師長対象にワークショップを開催して、私たちのセッションに参加してもらったことの鮮明に覚えています。部屋に入ってきたときの師長たちは、不機嫌そうで、憤慨して、疲労困憊して、目を合わせようともしませんでした。

私たちは参加者に、ひとりの患者と、とても素晴らしい繋がりが持てた日のことを思い出し、その逸話を披露してもらうように依頼しました。逸話を披露する輪の中で、語られる物語は、わたしたちをまるで魔法がかかったかのようにして、何人かの参加者は泣き出しました。私たちは、最も心を打つ、勇気ある思いやりと気遣いの語りを聞きました。

90 分のセッションの終わりに、部屋は肯定的なエネルギーではちきれそうでした。語られた物語は、参加者たちに、自分たちが看護師の仕事を選んだ、心の底からの希望、大志、価値観を思い出させました。参加者たちは蘇った力強い、自負心と目的意識に満ち溢れていました。看護師たちの同僚を見る目も劇的に変わりました。お互いの疑いようもない技量、器量そして人間性に触発されたのです。

次の日、私たちが出くわした看護部長は、感嘆してこう言いました。「一体何が起こったのかわかりません。今朝の月例の病棟師長会議で、師長たちはみんなまるで人格移植を受けたかのでした。あなたたちは一体何をしでかしたんですか。」